令和8年4月8日、厚生労働省は産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)の支給要件を改正した。これまで助成の対象は出向元事業主のみだったが、改正後は出向元・出向先の両方が支給対象となった。
これで何が変わるか。端的に言うと、AI・DX分野の専門人材を抱えるIT企業が「出向先」として中小企業に人材を送り込む際、その受け入れ企業(中小企業側)も助成を受けられるようになった。出向を通じたDX人材育成が、より多くの企業で使いやすくなったと言っていい。
本記事では、この改正の具体的な内容と、中小企業がスキルアップ支援コースをDX人材育成に活用するための実務ポイントを整理する。
令和8年4月8日改正:何が変わったか
| 項目 | 改正前(令和8年4月7日以前の計画届) | 改正後(令和8年4月8日以降の計画届) |
|---|---|---|
| 支給対象事業主 | 出向元事業主のみ | 出向元事業主および出向先事業主(企業グループ内出向を除く) |
| 活用できる主体 | 社員を他社に送り出す企業だけ受益 | 受け入れる企業も助成を受けられる |
| 中小企業への影響 | DX人材を受け入れても助成なし | IT企業から人材を受け入れた場合も助成対象に |
計画届の提出日(令和8年4月8日以降か否か)で適用ルールが変わる。既に計画届を提出済みの場合は旧ルールが適用される点に注意が必要だ。
制度の基本データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 制度名 | 産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース) |
| 所管省庁 | 厚生労働省 |
| 助成率 | 中小企業:2/3 中小企業以外:1/2 |
| 助成上限額(1人1日あたり) | 8,870円(雇用保険基本手当日額の最高額) |
| 年度上限額(1事業所) | 1,000万円まで |
| 出向期間 | 1か月以上2年以内 |
| 出向形態 | 在籍型出向(出向元との雇用関係を維持したまま出向先で就労) |
| 復帰後の賃金要件 | 出向復帰後6か月間の各月の賃金が出向前と比較して5%以上上昇していること |
| 電子申請 | 雇用関係助成金ポータル |
| 公式サイト | 厚生労働省|産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース) |
※ 上記は令和8年4月8日改正後の情報です。最新情報は厚生労働省の公式サイトでご確認ください。
DX人材育成に使えるのか?実際の活用イメージ
「在籍型出向でスキルアップ」と言われてもピンとこない方が多いかもしれない。DX・AI文脈での具体的なシナリオを整理しておく。
パターン1:中小企業の社員をDX先進企業へ出向させる(出向元が中小企業)
想定シナリオ(弊社支援実績をベースに構成したモデルケース)
従業員40名の中堅製造業がIT子会社または取引先のSaaS企業に、業務改善担当社員を1年間出向させる。出向先でAIを使った生産管理システムの設計・運用に携わり、復帰後に自社のDX推進リーダーとして活躍させる、という計画。
出向中の賃金(出向元が負担する分)の2/3、1人1日8,870円を上限に助成される。1年間(250日換算)で最大約220万円を受け取れる計算だ(実際は賃金・実出向日数による)。
パターン2:IT企業から中小企業への出向(改正後の新展開)
想定シナリオ
AI開発を手がけるベンダー企業が、長年取引のある食品メーカー(中小企業)に自社エンジニアを6か月間出向させる。食品メーカー側は受け入れたエンジニアのもとで社内DXを推進し、自社社員がAI活用の実務ノウハウを習得する。改正前は食品メーカー(出向先)に助成はなかったが、改正後は出向先の中小企業も助成を申請できるようになった。
両パターンとも、核心は「出向が終わって戻ってきた社員の賃金が、6か月間ずっと出向前より5%以上高い」という条件を満たすことだ。スキルアップの成果を賃金で証明させる設計になっている。
在籍型出向でのスキルアップについては、人材開発支援助成金の申請手順ガイドも参考になる。
申請スケジュールと手続きの流れ
| ステップ | 内容 | タイミング |
|---|---|---|
| 1. 出向契約の締結 | 出向元・出向先で出向契約書を作成。スキルアップ計画を文書化する | 出向開始前 |
| 2. 計画届の提出 | 管轄の都道府県労働局またはハローワークに出向計画届を提出 | 出向開始日の3か月前〜前日まで |
| 3. 出向の実施 | スキルアップ計画に沿って出向先で就労。1か月以上2年以内 | 出向期間中 |
| 4. 出向復帰 | 元の事業所へ復帰。復帰後の賃金を出向前より5%以上上昇させる | 出向終了時 |
| 5. 支給申請 | 出向復帰後の賃金支払い6か月分が確認できる時期に支給申請書を提出 | 復帰後最後の賃金支払日の翌日から2か月以内 |
| 6. 助成金の受給 | 審査後、助成金が振り込まれる(後払い方式) | 申請審査後 |
計画届の提出タイミングが最大のポイントだ。出向開始後に提出しても受け付けてもらえない。出向開始の3か月前から前日までという期限を守ること。これが一番よく聞く失敗だ。
助成額の計算方法:実際にいくらもらえるか
助成額は以下の計算式で算出される。
助成額 = 次のいずれか低い額 × 助成率
- 出向労働者の出向中の賃金のうち出向元が負担する額
- 出向労働者の出向前の賃金の1/2の額
上限: 1人1日あたり8,870円(中小企業は2/3、大企業は1/2)
具体例で試算してみる。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| 出向前賃金(月額・税込) | 30万円 |
| 出向中に出向元が負担する賃金 | 15万円/月(出向先が残り15万円を負担) |
| 出向期間 | 12か月(実稼働日数240日想定) |
| 企業規模 | 中小企業(助成率2/3) |
計算: 出向前賃金30万円の1/2 = 15万円/月。出向元負担額も15万円/月なのでどちらも同額。
1日あたり換算: 15万円 ÷ 20日 = 7,500円 ← 上限8,870円以下なので全額対象
月額助成額: 7,500円 × 20日 × 2/3 = 10万円
年間助成額: 10万円 × 12か月 = 約120万円
これは試算例であり、実際の助成額は賃金・出向日数・負担割合によって変わる。詳細は管轄の都道府県労働局に相談されたい。
支給対象となる出向の3つの要件
この助成金で助成の対象となるためには、出向がそもそも以下の3要件を満たさなければならない。
要件1:スキルアップ目的の在籍型出向であること
コスト削減や社員の一時的な雇用維持を目的とした出向は対象外だ。「労働者のスキルアップのために出向させた」という明確な計画書が求められる。AIやDXの技術習得を目的に記載することで、制度の趣旨と合致する。
要件2:出向期間が1か月以上2年以内であること
短期の数週間出向では適用されない。最低1か月以上、上限は2年。DX人材育成の文脈では、6か月〜1年の中期出向が現実的なラインだろう。
要件3:復帰後6か月間、毎月の賃金が出向前より5%以上高いこと
ここが審査で最も問われる要件だ。「復帰後に5%上げた」だけでは足りず、復帰後6か月間、毎月の賃金がすべて5%以上高いことが必要。1か月でも下回ると要件を満たさない。
賃金上昇は昇給・手当改定などの制度的な変更で対応する必要がある。「出向中の手当をつけただけで復帰後は元に戻す」という対応は認められない。
申請でつまずくケース:実務的な落とし穴
落とし穴1:計画届の提出を出向開始後にやってしまう
計画届は出向開始前に提出が必須だ。「出向が始まってから手続きすればいい」と思って動くと、受理されない。出向開始の3か月前から前日までが提出期限。社内の出向意思決定と並行して、すぐに労働局への計画届準備に入ること。
落とし穴2:企業グループ内出向で申請しようとする
今回の改正でも「企業グループ内出向は除く」という制限は残っている。親子会社間・グループ会社間での出向には使えない。グループ外の企業との在籍型出向が対象だ。
落とし穴3:賃金5%上昇要件を「月平均」で計算する
「6か月の平均で5%上がっていればいい」という解釈は誤り。6か月間の各月がすべて5%以上高くなっていることが要件だ。4か月は5%超えで2か月は横ばい、という場合は要件を満たさない。人事担当者は復帰後の給与体系を事前に設計しておく必要がある。
落とし穴4:スキルアップ計画書が抽象的すぎる
「AIスキルを向上させる」という程度の計画書では、審査で内容不備を指摘されることがある。具体的に「○○システムの設計・開発に携わり、機械学習モデルの実装スキルを習得する」といったレベルで記載しておくほうが安全だ。
よくある質問
- Q1. 出向先がAI・IT企業でなくても使えますか?
- 使えます。出向先の業種は問われていません。ただし、出向の目的が「スキルアップ」であること、かつ復帰後の賃金5%上昇要件を満たすことが必要です。DX・AI習得を目的とした出向先選定が重要になります。
- Q2. 出向元と出向先が両方申請することはできますか?
- 令和8年4月8日以降に計画届を提出した場合に限り、出向元・出向先の両方が申請できます。ただし、企業グループ内出向は対象外です。
- Q3. 複数人を同時に出向させた場合、助成は合算されますか?
- はい。1事業所あたりの年度上限は1,000万円です。複数人の助成額を合算した総額が1,000万円を超えた場合は、超過分は支給されません。
- Q4. 助成金は前払いですか、後払いですか?
- 後払いです。出向復帰後に賃金上昇要件を確認してから支給申請を行い、審査後に振り込まれます。出向中の賃金負担は事業主が一時的に自己資金で対応する必要があります。
- Q5. 在籍型出向と転籍出向の違いは?
- 在籍型出向は出向元の雇用関係を維持したまま出向先でも働く形態です。転籍出向は出向元の雇用関係を切って出向先と新たに雇用関係を結ぶため、本助成金の対象外です。スキルアップ支援コースは在籍型出向のみが対象です。
今すぐやるべき3つのアクション
- 社内でDX出向候補者をリストアップする(今週中)
AI・IT系スキルの習得が必要な社員を、業務上の課題と紐づけてリストアップする。「この社員に何のスキルを習得させ、復帰後にどう活かすか」を具体的に描くところから始める。 - 管轄の都道府県労働局に事前相談する(今月中)
計画届の様式や添付書類の確認は、管轄の都道府県労働局の助成金窓口で事前相談できる。相談は無料。支給申請窓口一覧(厚生労働省)から最寄りの窓口を確認しよう。 - 計画届の提出は出向開始の3か月前までに完了させる
出向先の選定・出向契約の締結・計画届の作成と、やることが重なる時期だ。出向開始日から逆算して3か月前にはすべての書類を揃えられるよう、スケジュールを引いておく。
AI・DX人材の育成については、外部研修だけでなく、実務環境での学習(在籍型出向)も有力な選択肢だ。制度を上手く組み合わせることで、研修コストを抑えながらより実践的なスキルアップを実現できる。AI導入・DX推進の計画策定でお悩みなら、お問い合わせフォームからお気軽にご相談ください。
また、人材育成系の助成金については人への投資促進コース完全ガイドも参考にどうぞ。
参考・出典
- 産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)— 厚生労働省(参照日:2026-06-12)
- 産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)様式ダウンロード — 厚生労働省(参照日:2026-06-12)
- 雇用関係助成金 支給申請窓口一覧 — 厚生労働省(参照日:2026-06-12)
この記事は補助金ナビ編集部がお届けしました。
免責事項
本記事の情報は2026年6月12日時点の厚生労働省公表資料に基づく参考情報です。産業雇用安定助成金の制度内容は予告なく変更される場合があります。申請にあたっては、必ず厚生労働省の公式サイトで最新の支給要領をご確認ください。本記事の情報に基づく申請の結果について、当サイトは一切の責任を負いません。
